
競技力向上に資する暑熱対策研究
暑熱対策の重要性
暑熱環境下での長時間運動はヒトの身体に対し多々のリスクを与えることはすでに明らかになっている.(図1)その代表的なものとして熱中症があるが,これは発汗により水分・塩分が喪失され循環血液量が減少し,各重要臓器への血液運搬が不十分になることに起因する.2018年,日本スポーツ協会が発刊・改訂した「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」によれば1994年以降,熱中症死亡者数は高齢層を中心に年次増加する傾向があると報告しており,一般社会において暑熱対策の重要性は日々高まっているといえる.
スポーツ現場に目を向けると,競技スポーツの強化現場において,選手がハイパフォーマンスを継続して発揮するには怪我・体調不良を起こさないことが最も大切であり,その為には科学的知見に基づいたコンディショニングの実施が必要不可欠である.その中でもコンディション不良の因子の一つである暑熱環境に関しては,運営側(暑熱を考慮した会場設備やルールの変更)の努力に加えて,選手・医科学スタッフ側の対策の有無・程度が選手のハイパフォーマンスを左右している.
実践的暑さ対策として,今日行われている手法としては水分摂取,暑熱馴化,身体冷却,衣服の工夫,コンディショニング(体調管理など)が挙げられる(図2).中でも身体冷却に関しては自身の研究テーマであるアイススラリーの他にも冷水浴,クーリングベスト,アイスパック,送風・水スプレー,頸部冷却などが行われている.(図3)
参考文献
1.日本スポーツ協会,スポーツ活動時の熱中症事故予防に関する研究班: スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック 東京 2018

図1 暑熱環境が及ぼす身体への影響

図2 実践的暑さ対策

図3 身体冷却の種類
アイススラリーとは
アイススラリーとは微細な氷と液体が混合した流動性のある氷のことを指し,漁業現場などで鮮度を保つために用いられてきた.(図4)その理由としてアイススラリーには氷や水だけと比べて融解熱による高い冷却効果を持つことが挙げられる.
近年になって,そのアイススラリーが持つ高い冷却効果とメリット(図5)に着目し,2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けた暑熱対策として,身体内部冷却・プレクーリング法の1つとしての有効性が議論されてきている.効果についてはYeo et al (2012),Ross et al (2011),Siegel et al (2010)などがアイススラリー摂取によりコントロール群(冷水等)と比べて持久性能力が有意に向上したこと,直腸温・胃腸内温度・皮膚温などが有意に低下したことを報告している.またSiegel et al(2012)は体重1kg当たり7.5gのアイススラリー摂取は30分間の冷水浸漬(冷水浴)と同程度の効果があると報告している.その後,アイススラリーの処方の最適化に関する研究が進められ,内藤ら(2016)は一度の摂取より数回に分けた間欠的摂取の方が深部体温は有意に低下したこと,5分毎の間欠的摂取の場合,主運動開始20分前に摂取を完了することが深部体温を最も低下させると報告した.
現在,JISS(国立スポーツ科学センター)を中心とした2020に向けた暑熱対策プロジェクトの中で各競技特性に合わせた実践的サポートが各NF(中央競技団体)と連携しながら進めており,アイススラリーに関しても各競技におけるフィールドでの研究の蓄積・応用が課題とされている。Beyond2020を見据えると,他冷却法との併用,生体センシング技術との併用に関する研究の他,2020に向けた医科学研究のレガシーとして地域・家庭におけるアイススラリーの活用戦略も考えていく必要があると思われる.
参考文献
1.Yeo et al: Ice slurry on outdoor runnning performance in heat. Int J Sports Med 33, 859-866 2012
2.Ross et al: Novel precooling strategy enhances time trial cycling in the heat. Medicine&Science in Sports&Exercise 43.123-133 2011
3.Siegel et al: Ice slurry ingestion increases core temperature capacity and running time in heat. Medcine&Science in Sports &Exercise 42.717-725 2010
4.Siegel et al: Pre-cooling with ice slurry ingestion leads to similar run times to exhaustion in heat as cold water immersion. Int J Sports Sci 30(2) 155-165 2012
5.内藤貴司ら 暑熱環境下における持久的パフォーマンス,体温および主観的感覚に及ぼす運動前氷飲料摂取間隔差の影響 体育学研究61 103-113 2016

図4 アイススラリーの由来

図5 アイススラリーの特徴
研究について
先行研究からは,摂取タイミング・組み合わせ(主運動中の介入)のさらなる検討,測定に用いる運動様式による効果の差異,競技特性にあわせた研究の充実が必要であることに加え,アイススラリーの具体的生成方法に着目した研究が行われていないことが明らかとなった.そこで現在は課題のフローチャートを元に(図6),アイススラリーの生成と評価に重点を置いて研究を進めている.(図7)

図6 アイススラリーに関する
課題検討のフローチャート

図7 取り組み現況

図8 今後の方向性
リポジトリ
競技力向上に関わる暑熱対策・冷却戦略,その他コンディショニングに関わる研究を集約化し、課題や展望の抽出,現場での実践に活かすことを目的としています。右端のURLから原文サイトに移動できます。
Title | Author | Publication date | Publication | Number | Keywords | URL |
|---|---|---|---|---|---|---|
Mixed-methods pre-match cooling improves simulated soccer performance in the heat | Aldous et al | 2019 | Eur J Sports Sci March:19(2):156-165 | 1 | Ice pack, Ice slurry, Soccer,Sprint performance,Core temperature | https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/17461391.2018.1498542 |
Ice slurry ingestion during break times attenuates the increase of core temperature in simulation of physical demand of match-play tennis in the heat | Naito et al | 2018 | Temperature July 04 371-379 | 2 | Ice slurry tennis core temperature | https://www.researchgate.net/publication/326189915_Ice_slurry_ingestion_during_break_times_attenuates_the_increase_of_core_temperature_in_a_simulation_of_physical_demand_of_match-play_tennis_in_the_heat |
01/ 2019.5.1
模擬化されたサッカーの試合前およびハーフタイム中の冷却戦略としてはアイスパック及びアイススラリーの併用が効果的である他
(文献1より)
今回は,2019年に発表されたAldous et alによる模擬サッカーパフォーマンステストにおけるアイスパックとアイススラリーを用いた混合冷却戦略の有用性についてまとめている。
03/
準備中
更新をお待ちください
02/ 2019.6.11 NEW
模擬化されたテニスのブレイクタイム中の冷却戦略としてはアイススラリーの摂取が効果的である他
(文献2より)
今回は,2019年に発表されたNaito et alによる模擬化されたテニスの走運動プロトコルにおけるブレイクタイム中のアイススラリー摂取の有用性についてまとめている。
04/
準備中
更新をお待ちください
